○企画について
本が読まれなくなったと言われて久しいが、それはラジオやテレビのようなメディアにユーザーの時間が奪われている結果なのか、それとも、純粋にユーザーの興味を喚起する本が刊行されていないからなのか。書籍の世界ではミリオンセールスは夢のようなヒットであるが、テレビ番組で言えば100万人の視聴者はたった0.8%の視聴率でしかなく、こんな数字が出たら悪夢である。であるならば、テレビを始めとしたメディアで爆発的なヒットを記録できる強者達がタッグを組んで戦うことで、書籍の世界で100万部を突破することができるのではないか。こうしたある意味安易で(失礼!)マーケティングとも言えないような理論武装で企画化されたのが、この「ワンナイト・ラヴ」である。しかし、テレビの世界には、こんな無茶苦茶な理論を逆に面白いと思う変人達がうようよと居るわけで、7人もの名のある有象無象が気持ちよくこの企画に賛同して、本書が発刊されるに至ったことは出版界にとっては非常に好ましいことであろう。古舘伊知郎流に言えば、メディアの異種格闘技、K1ならぬM1と呼ぶべきか、テレビが放つ出版界への踵落とし、とかってことになるんだろうか。ともかく、若者のリテラシー低下を心から憂う私としては、かような企画で出版業界が活性化されて、読書人口が増加するかもしれないということは、素直に嬉しいことである。昨今はやりのショートムービーの書籍版という印象がぬぐえない(逆に狙っているのか)部分はあるにせよ、もともと競作という手法自体は文壇では至極普通のことであり、「冷静と情熱の間」は言うに及ばず、古から和歌・俳句を通じて脈々と日本人の中に流れ続けているのであるから。
前書きであり、本書の企画概要を記載した「宣誓」は、本書の趣旨説明に加えて、業界関係者を巻き込むために作られた「企画書」が盛り込まれている。想像力の喚起や書籍への感心・興味を誘うべき導入部分に、こうしたトリセツ的文章が挿入されていることも新鮮であり、業界慣習に囚われないテレビ等で培われた独自のノウハウが見受けられる。まあ、個人的には面白いと思う部分と興ざめと感じる部分が同居した複雑な始まり方ではあったが。さらに、短編小説集ではあるにせよ、冒頭で占いや心理分析チックな要素を盛り込んだ「チャート」が掲載されているのも面白い試みである。これにより、自分が選んだ特定のストーリーに特別の愛着を感じることができるから。この手法もユーザーの目線を意識した作り方だなぁと思う。あ、ちなみに私のチャート結果、「結婚前夜」でした。
「ワンナイト・ラヴ」っていうテーマ、いいんじゃないですか。経験の有無にかかわらず、男女問わず誰しも多少の憧憬に似た感覚を覚える響きですしね。
願わくは、本書が宣誓通り100万部突破し、出版業界、ひいてはメディア全般、エンタメ全般変革のためにもこれと同様の企画が今後も勃興していってほしいと思う。
ところで、7作品を繋ぐ役割を与えられたプロローグに関しては、まさにテレビ的な発想であり、少しチープな印象がぬぐえないが、かえって読み手の敷居を下げることに一役買っていると考えれば、これもご愛嬌か。


以下、個々の作品について簡単な感想を。(ネタバレ)

○101号室「赤いホタル」釜澤安季子
7作品中、最も印象に残った作品。構成上、これを一番最初にもってきたのは、その先の期待感の高揚効果も含めて正解だったと思う。テロリストという時勢を踏まえた題材が、生と死とや時間といった広がりを一夜の情事に注ぎ込み、一生モノの愛に昇華させてしまった。インドネシアの純朴で純粋な(死をも厭わないまさに純粋である)少年の手紙は、多くのヒトが想像すらしないが必ず存在しているはずの悪者(世間的に)側のやむにやまれぬ事情を想起させ、自分以外の誰しもが過去や家族や友人やといったバックグラウンドを有しているということを思い出させてくれる。メディアの世界に生きる著者が、主人公に呟かさせる「本当は世の中の真実なんて、ほんのこれっぽっちも知らされていない」という独白は、著者の現有メディアへの失望と変革への野心を感じさせる。

○102号室「クイズの女王」田中伊知郎
いい意味で漫画である。クイズ番組に命を賭ける(文字通り)女性ベテランレポーターのキャラが、とにかくタッている。未開の地を舞台にして、大げさに進行するストーリーにも関わらず、現実感を常に感じさせるのは、著者の構成力ゆえだろうか。ラストのレポーターの電話は、愛の方向は異なれど、パーフェクト・ラヴを求める女性の怖さを見せつけられた気がする。怖い、コワイ、やっぱオンナはちょっと抜けてるくらいがいいなぁ。

○103号室「First Game」孫泰蔵
時代感ということでは本作がもっとも合致しているであろう。多くのユーザーを魅了しているMMORPGの醍醐味は、仮想と現実の融合にあるのではと感じさせる。3人(仮想を加えると5人か)の主人公それぞれが皆魅力的に表現されており、それぞれの想いが作品全体に切なさと優しさを与えている。私自身「ラグナロク」を始めた頃、見知らぬヒトに助けられたり教えてもらったりアイテムもらったりした経験があるが、あの時の感動や喜びはなぜか現実世界以上だった気がする。閉ざされた空間で誇張された世界であるが故に、感情も増幅するのかもしれないと思ったものである。しばらくやってなかった「ラグナロク」、またやろうかな、僕の「haru」を見つけるために。

○104号室「だるま女」安達元一
申し訳ないが個人的な感想としては好きになれない。作品のプロットやスピード感といった部分は本当に素晴らしい出来だと思うが、いかんせんテーマがいただけない。まあ、このテーマで最後まで読ませきるのだから、その才能は認めるし、7作品の中にあることでの締まりの効果も発揮していると思う。でも、ごめんなさい、やっぱり僕にはこのテーマはNOです。

○105号室「結婚前夜」岩村匡子
よくあるマリッジ・ブルー+焼けぼっくい的なストーリーを想像して読み始めたが、いい意味で期待を裏切ってくれた。設定の非現実的な部分も女性の共感を呼ぶと思うが、ラストシーンの亜貴の決断が正直でリアルである。ここで席を立ってドレスのまま走り出したりするのを期待するのは古くさいってことなんだろうな。

○106号室「同窓会」織田哲朗
得意分野である音楽をあえて外して挑戦した(のだろうと思う)本作。残念ながら意外性が感じられずありきたり感が否めない。散りばめられたキーワードの説明がないことがそう感じさせるのだろうか。サワムラって誰よ。

○107号室「5人目の女」芳賀正光
無茶苦茶な設定にも関わらず、自然にストーリーが展開していき、引き込まれていく。気づくと主人公に自分を重ねている。現代社会への風刺と対比した純愛要素が異質な設定の中で奇妙なリアルさを放つのは、この法律下では男女の交わりに対する思惑が今の社会と逆転させられてしまうからか。貞操を大切にして伴侶を求める男性と、いい男を捕まえるために奔放になる女性達。こんな法律ができないことを心から祈る。

○Waiting Room「ストレンジ☆パラダイス」大石中
最後に付け加えられた本作は、先の7作品と比べるとかなり異質。舞台も登場人物も日本でない必然性が不明だし、エンタテインメントの世界でトップレベルのレコードを有する7人の後に置くには厳しかったのではないか。


最後に
本作の映像化を期待しています。

コメントする

(初めてのコメントの時は、コメントが表示されるためにこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまでコメントは表示されませんのでしばらくお待ちください)

ご利用のブラウザ、設定ではご利用になれません。